てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

風 第二稿

 幸いなことに僕の家は炎に燃やし尽くされ、僕を除いて生き残った者は無かった。
 僕は裏山の空き地に腰を下ろし、しげしげと星空を眺め、うたた寝を楽しんだ。過ごしやすい気候の夜だったけれど、生憎、家が煤になるほどだった火事の熱さを思い出し、肌は熱に触れた緊張をし、体の芯は鉛を飲んだように硬直し、頭からつま先まで生ぬるい不快な心地に包まれた。僕にはもう、親も、兄弟も、猫も、何もかも、残されていないのであって、だからこうして一人ぼんやりとしている他はない。見知らぬ人々がやってきて、何やら話しかけてきたって、うとうとと、ゆるりと、する他ない。僕が返事をしない事に不満を持ったらしい彼らが、僕の頬を叩いてきたり、殴って蹴って岩石を頭に叩きつけてきたって、僕は空に思いを馳せるしかない。星が、輝いている。
 僕が意識不明に陥るまで頭部を強打した彼らは誰なのか、何処へ消えたか、判らないままだった。けれどベッドの上の僕はそんなことはもうどうでもよく、ただ心地良い裏山の空き地が懐かしい気持ちで、寝ても覚めても忘られぬだけであり、その思いさえあれば、なぜだかここで僕を看病してくれているらしい女性のことなどどうでもよかった。けれど、僕を尋ねてきたらしき他の誰かは、その娘の存在を喜ぶべきことだと僕に言い聞かせる事に熱心な様子だったらしい。誰なのかなんてわかりはしない。何もかもが虚ろだ。
 ふと、町並みの中で歩いている僕に気付く。どこへ向かっているのか、何が為されるのか、そんな事は何も判らない。ただあの裏山へ向かっている気がしてならなくて、だけれど山は切り拓かれてとうに無くなっていて、失われた全ては何処にいったのだろう、と思えど、答えは得られず、ただ無為に、全て無為に、感じられる。風が冷たい。

 

 

 

僕「ねえ、君の望みは何なのかな、僕では力になれない?」

スワン「わたしは望みを自分でかなえてる最中だし、

だけど私の望みに必要な事で私には出来ないこともある、

それは出来る人にお願いしてやってもらう事だけど。

あなたは私が必要としてる事を行う役割の人じゃ無いじゃない。

もし私の為に存在してくれたいのなら、

あなた自信の役割を身につけて。

この世界の行為者としてその魂を役割づけて、

そうして初めて、あなたは私の望む人になれる」

僕「僕が、僕として、この世界から必要な存在として、

在らねばならない、か……。

何も成さない事を自らに定義付けてきた僕では、

君から望まれなかったのは道理だったのだな。」

スワン「あなたには武器がある、豊富な語彙、膨大な無駄知識、悟りすぎて永遠の迷子になって過ごす独自性、あなたには世界からの需要がある」

僕「そうか……」

スワン「あなたの生きる場所を見つけて、

役割を見つけて、

居ていい場所があなたにはある」

僕「僕は……、君から望まれる存在になるよ……。

君から求めてもらえるだけの、意義と意味と価値を、この魂に刻みこむよ」

スワン「頑張って、素敵なあなた、

私はその日を、待ち焦がれてます」

僕「君に望まれる存在に」

スワン「約束よ」

僕「待ってて」

スワン「もう行かなくちゃ……いつか、また」

僕「スワン……! きっと、きっと僕はそこへ、辿り着くよ……!」

 

 

飛び立つ白鳥、見送る僕、

背後の熊が僕を見守り、現世を生きる道を、暗喩する。

 

 

END

 

 

2015.2.26(木)

美しき愛の永遠

朝焼けに輝く海辺に手と手を取り合いながら佇む美少年と美少女、カリンとマロン。

カリン「美しい朝だね」
マロン「本当に」
カリン「こんな美しい光の中で君といられるなんて僕は幸せだ」
マロン「わたしも」
二人は美しい世界を感じながら永遠にも等しい時間を過ごしている。しかしそれは仮初の姿、二人は敵国の王子と姫なのだ。
カリン「僕達の不安もこの美しさに溶けてしまえばいいのに」
マロン「好きよ、あなた」
カリン「僕もだよ」

結ばれる二人。けれどそれが二人の交わした最後の愛だった。


カリンが目覚めた時、マロンはいなかった。姫でありながら軍師でもあるマロンは、カリンの国の軍隊を罠にかけるため戻ったのだろう。カリンもまた王子そして将軍としてマロンの軍を打ち破らねばならない。戦況は苛烈を極めていった。

カリン「マロン、僕の声が聴こえるか」
マロン「ええ、あなた」
カリン「今、君の刃が僕の胸を突き刺し、僕の槍は君の胸を貫いた。僕は君を迎えるために必要な国を守るため君を失い、僕もまた失われる」
マロン「私の愛はあなたの命をも奪えた、私の命もあなたに奪われる、私の望みは永遠に満たされたの」
カリン「そうか、そうだな、僕も君に奪われたのだ、それならば本望だ」

二人は互いに抱き寄せるような姿態のまま動かなくなり、息絶えた。
王国は共に滅び、混沌の憂闇が訪れた。あの王国の美しかった世界は、もう二度と戻る事は無かった。

オタサーの姫 サークラ舞い散る春

プロローグ

「わたしの好きなあの人は、漫画サークルに入ってしまった。だからわたしも入ったの、漫画研究会に」


タイトル「オタサーの姫 サークラ舞い散る春」


大好きなあの人が入った漫画サークルはここね、漫画研究会っと……
「しゅんくーん! わたしだよー!」
「!?」
「なんだなんだ!?」
「お、おじょおさん、ここはまともなにんげんの、くるところじゃ、あ、ありませんよ、お、おにげなさい」
「えっ」
「あれ、けいちゃん!? なんでこんなところに」
「しゅんくーん、くぅーん、くぅーん」
「ここは人外魔境だ、人間の世界へ帰れ」
「やだーやだやだやーだーやだーー」
「ふざけてないで帰れって」
「しゅんくんと一緒のサークルがいいの! わたしもここに入る!」
「だめだ! ここは人間のくる所じゃない! 帰れ!」
「やだよー、ふええええええええええん」
「まあまあ、しゅんくん、ここはけいちゃんとやらの望みを叶えてやりたもうじゃないか」
「だめです」
「よろしくお願いします!」
「だめだってけいちゃん」
「ぼ、ぼくも帰ったほうが、い、いいと思う、は、はやく」
「ご親切にありがとう! でもあたしここに入ります! よろしくね、かわいいデブっちょさん!」
「う、うう、そ、そう言うなら……(ぼ、ぼくはデブだけど、せ、先輩なんだな……で、でもかわいいって、そんな、ポッ)」
「部長はどう思います?」
「拙者は二次元にしか興味が無いでござる、三次元などどうでもいいでござる」
「部長? けいちゃんは先輩には興味が無いと思いますよ?」
「う、そ、そんなことはどうでもいいでござると言ってるでござる!! 言っているでござる!!!!」
「わたしは部長さんのこと嫌いじゃないですよ? 侍の心は日本の心。とっても素晴らしいですよ!」
「(ズッキューン)せ、拙者はそう、侍、モノノフでござる、見よこの刀さばき」
「部長それ時代劇漫画の真似ですよね」
「う、うるさいでござる、漫画もまた真なりでござる!」
「うふふ、かわいい」
「あ、あわわわわでござ、ござ候、ござ、ござ」
「副部長として言わせてもらう」
「はい! よろしくおねがいします! メカに強そうな部長さん!」
「(こいつ、出来る……、俺がロボットマニアとして県内でも一・二を争う男だということを既に見抜いたか……)うむ、メカについてどう思う」
「可変は正義です!」
「合格うううううう(好きだ!)」
「やれやれ副部長まで籠絡するとは、しかし私はかの名高い漫画の神様のマニア、簡単なことでやられはしません」
「原子の子はエロスです! ショタです! ぎゅっぎゅしてちゅっちゅです!」
「好きだああああ!!」
「けいちゃん、みんなけいちゃんの虜だよ、どうするの」
「しゅんくーーん、きゃぴ♡ わたしはしゅんくんだけのものだよーぅ」
「しゅん! け、けいちゃんはわたさないお!」
「しゅん! 介錯つかまつる!」
「しゅん! 君にミサイルキック!」
「しゅん! お前を抱きしめたまま太陽に突っ込む!」
「あわわ、けいちゃん、僕サークル首だって」
「じゃあわたしもやーめた! 二人で漫画サークルしましょ!」
「そ、そんなあ」
「そ、それは無いでござる」
「そ、それってロボットでも傷つく」
「そ、そんなあんまりだよ」
「けいちゃん、新しいサークルの申請に行こう」
「うん! あっ皆さんのことも好きだから、新しいサークルに入ってくれるなら、喜んで受け入れますよ?」
「よろしくだお」
「よろしく頼み申す」
「新しい秘密基地に行くか」
「鳳凰の如く復活だ」

こうして一つのサークルが潰え、新たなサークルが生まれた。しかし近い将来サークルはまた潰れ、また新たなサークルとなって転生を繰り返す。何度でも何度でも、春になるたび生まれ変わる、桜のように舞い散るだろう。

お金少女

お金がたくさんありました。きれいな女の人に全額投資。お金は持ち逃げされて悲しかった。。けれどむしろスッキリして新たな活力が湧いてきた。それで夢を叶えられたし、あの人はお金を増やして帰ってきた。僕達は結婚して幸せに暮らした。本当に良かった。めでたしめでたし。



彼のお金は強奪したもの。それを色気で釣って巻き上げた。彼の夢はイカサマ長者だったし、罪悪感なんてあるわけない。私は投資を成功させた。でも心は虚しく、ただの財布と思ってた彼の犯罪のスリルは特別なものだったと思い出し、私は戻ってしまった。彼はその金を使って組織を強大にしたわ。恵まれた生活。私達、とっても楽しい素敵な人生。



パパは仕事で成功したとっても偉い人なの。ママは美人。その二人の間に生まれた私は初めから幸せになることが決まっていたような、運命の子ね。パパもママも最高だけど、ちょっとだけ気になる事があるの。それはお金。人の幸せってそんなものじゃないと思うの。だから私はお金に頼る人生は送らないわ。詩を書いて過ごすの。素敵。こんなに幸福な人生、他に無いわ。



私の母親は詩人だった。裕福な家庭に生まれたのに、その価値もわからず夢のような事ばかり書き記して、同じように夢ばかり追っていて何の生活能力も無い友人たちに囲まれて過ごした。父もその一人。二人は受け継いだ資産をすっかり使い果たして、為す術もなく病苦に殺された。私には学校に通うお金も何も無い。あるのは絵空事の詩の束だけ。滑稽ね。私は生きなくちゃならない。その為にはお金が必要なの。どんな手段でもいいわ。全てはお金。お金なの。お金さえあれば、私はきっと幸せに……。

 季節の変わり目に彩りを求めて旅へ出た私は一面の紅葉の中を一人歩いている。行けども行けども世界は赤茶けてまるで視界が開けない。もう半日は歩いただろう疲れに歩みを止め座り込み胡座の上に頬杖ついてうつらうつらと瞬きする。もうこのまま此処で眠り眠って死んでしまいたい。その願いに身を任せただ沈み沈んで眠っていった。
 ふと気付くと辺りは一面の銀世界。緩やかな斜面で私は防寒服に身を包み眠ってしまっていたようだ。こんな雪山で眠るとは死をも恐れぬ大胆不敵。私はこんな人間だっただろうか。ふと気付く。私は私が分からない。私は誰だ。何者だ。いま何故どうしてここにいる。解せぬ。私は周囲に目を遣り兎も角山を下り人の助力を請う事にした。
 梅に積もった雪が落ちる。春先か。季節さえも思い出せず空と麓を見比べる。辺りに人影は無く人里も見えない。途方も無い虚無感に包まれる。歩け。歩け。歩けば平地に近づける。何も見えない世界をただただ歩いて歩いて歩き尽くせば海辺に辿り着く其れが島国日本の地形なのだ。歩き歩いて数ヶ月しかし海辺は無かった。おかしい……此処は日本では無いのか? 山を下りて森と草原と川があり下って海を目指した結果ただ川が続くのみ。人は居らず。虫も居らず。獣も居らず。魚も居らず。草花は咲き乱れ木々は繁り果実は絶えず有り四季が同時に在る。人の世では無い。そうかここは天国か。はたまた地獄か。はたと気づくと紅葉に包まれている。ここは現世……? 現実世界に還ったのか? 私は紅葉の中で深く息を吸い込むと思い切りよく吐き出しながらすっくと立ち上がり咆哮する。
 「我、世界の深淵を垣間見たり」
 突如怒号が沸き起こり辺り一面に相撲取りの群れが蔓延り私を胴上げする。
 「ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ、ワッショイ」
 何事かわからぬ恍惚と無上の幸福に揉みくちゃになり世界は変転し私は地面に落下する。その勢いは甚大で地面に穴が空きマントルを通りぬけ地球の裏側へ出た時にはさすがの私とて息も絶え絶え間一髪の危うさだった。地球の反対側は幸いな事に海でなく溺れ死ぬ事の無い現状は不幸中の幸いと言えた。現地の民はやれ祭りだ生贄だと騒ぎ立てる。私は生贄ではない。しかし祭壇に奉られ切先鋭い器具で啄まれそうになった所を命からがら逃げ延びて山から浜へと遁走する。私は孤独だ。誰も何も判らない。夜空に思いを馳せ海岸の洞窟で眠る。数ヶ月もの旅を続けても陥ることのなかった孤独に他者の介在により陥った私は無窮の寂寥感に苛まれていた。
 翌朝私は世界の切先に剣を突きつけるべく海の中へと潜っていった。数ヶ月探し求めた海は思わぬ形で眼前に出現し私はその中に包まれる。不思議なものだと感慨に耽りながら海底へと辿り着き生物を掴まえる。雲丹だ。ここには雲丹がいる。取り貯めて陸へ戻り雲丹を束ね振り回し先住民を皆殺しにした。どうだまいったか。私は私による私の為の祭りを主催し先住民達の血肉を祭壇に捧げ神に祈る。奴らの神では無い。私の内的宇宙に介在する運命の神に。私の運命を変転させ謎に満ちた運命を歩ませ続ける絶対的価値観の担い手よ。我に幸いを! 叫び私はざぶんと海へ飛び込み泳ぎだした。
 海は雄大だ。広く意外と温かい。この地域は熱帯だろうか。温泉を思い起こした私は日本への郷愁を増しがむしゃらに泳ぎまくった。遥か彼方の日本へ帰り温泉に猿と雉と犬と桃と太郎と吉備団子とおじいさんとおばあさんと鬼とで入り全て茹で上がったところで食べてやろうという算段だ。悪くない。宇宙に行こうじゃないか。星の海に流されていく私はきっと美しいに違いない。商売は繁盛し先進的な発見をし世界の常識を塗り替え続ける空前絶後の天才として驕り高ぶり失墜し自殺を図って失敗し惨めに泣く。そして芸術家として褒め称えられるのだ。さらに革命を企て旧国家をを滅ぼし新国家を成立させ君臨するも短期間で新たな革命に遭い全て滅して消えて無に帰し虚ろに落ちるのだ。
 救助された私は震えていた。怯える子羊それが私。何も思い出せない私に優しくしてくれた現地の女性を妻とし私は復活した。まずはバナナ。そして刺し身。さらに糸楊枝の市場を制覇し打ち破る快挙を以って資本家として世界に君臨す。驕り高ぶって失墜するまでの僅か数年の間に一人空を眺めたり星に思いを寄せたり布団の温もりに微睡んだり安らぎの生活を満喫した後に出家す。私はバナナ。そして僧侶。そして国家元首として世界各地を歩きまわった。
 はた、目が覚める。夢。これは全て夢だったのか。世界中を巡る大冒険。数々の野望そして謀略の限りを尽くした楽園と地獄の綯い交ぜになった私の体験はあろうことか夢だったというのか。ええい忌々しい。私は煎餅布団から起き上がると縁台に向かい将棋盤を広げ塀越しに隣家の主人を呼ぶ。ああそうかいと飄々とした彼はパチパチと指し私は居飛車にし彼は振飛車で対抗型。穴熊に組めた私は自然と彼の飛車角を絡め取り姿焼きにして投了の声を聞く。三手詰めも解けない私が勝つにはこういった圧倒的大差しかない。燦めく星を眺めながら彼と私の違いを考える。茶を啜る私は彼より美しい。彼は一手詰めさえ読めない。私は何故生まれ何故死んでゆくのか。微睡みに絆されて私は絶命した。
 夢だった。私は将棋など知らない。三手詰めとは何なのだ。まるで意味のわからない夢を胸に抱え出社する。会社は順調らしいが私の担当する仕事は何の役に経ってるのだか自分でまるで理解できない不毛なものだ。空虚な空白の仕事を意義も解らずに行い続け死ぬ。定時より早く帰ろうとする私の振る舞いは社内で有名になっておりもはや解雇も間もないだろう。苦しい気持ちを抱え白い目を切り抜け退社する。ああ私は何故生まれてきたのか何故生きてしまっているのか。死にたい。無意識に近くのビルの屋上へ登り投身す。これで私は死して屍拾う者無し。永久に死者として現世還俗叶わぬ身となるのだ。
 夢だった。私は会社勤めなどしたことが無い。生まれついての自営業。零歳で酒屋に生まれ酒を売り現在に至るまで働き続け酒を飲む。酒こそ人生。酒があれば客なんかいなくても平気だ。酒持ってこい。
 夢だった。私は酒など飲んだことが無い。珠算の塾を経営する講師。趣味は電卓。簿記三級だ。
 夢だった。私は漫画家。足し算もできぬ。しかし週刊連載二本と月刊連載を抱え睡眠時間は毎日十時間という天才だ。
 夢だった。私は流浪の画家。ポンチ絵など描かぬ。各地で風景画を売り生活している。私は粘土細工師。私は鳶。私はへちま。私は蛙。私は。私は……
 現実。泥濘に足を取られ吐き出しながらもんどり打って転げまわる。私は一体どうなってしまったのか。幻想の多重世界を連続して経験しけれど全て偽りの記憶。私は今も見事に此処にいる。そして寝言を言いながら眠っている。そう私は眠っているのに起きているという現実を生きている。私の体は布団で眠りながら同時に道端に転げまわって蠢き苦しんでいるそれはつまり同時に私が存在している事そのものであって一方の私はもう一方の私でもあり私は複数の私を同時に認識し感覚しているのである。人間の有り様はいかにしてこうなったのか。旧来の人間は一つの体に一つの心でなければ存在できなかったであろう。ましてや複数の体に一つの心など有り得べからざる出来事だ。然れども。私は重層的に存在する無限の並行世界の無量の私をただ一つの心で受け容れ生きている。










そうして僕は、サラダを食べる

しんどい気持ちに蹴りを入れて馬車馬のように走りたい。痛みの刺激で脳は活性化し光の速さで家へと帰る。もうだめだ今日は疲れた。死んでしまおう死という名の眠りにつこう。そして僕は布団に入り眠る。これが死だ。死んだ僕は夢をみる。夢はいつでもどこでも誰からも不定形でいついつともなく訪れる荒涼とした散歩道。行く手にかかる虹に向かって歩いて行くと広い道がありその先に駅もあり塔もあった。あたり一面の色々なものを物珍しくみて回っているとアニメの世界の人物達が談笑している。歩きながらクレープを食みつつ談笑している。肩を組んだり仰け反ったりスケボーで右往左往しながら談笑している。そんな談笑をしながら彼らの一人が車に撥ねられた。車は止まり運転席から男が降りてきてうろたえる。助手席から降りてきた女が悲鳴をあげて泣きながらもんどり打って転んで死んだ。男は女を振り返ると驚愕で心臓が止まり死んだ。撥ねられた一人を介抱していたアニメキャラ達はその時たまたま流行していた風土病でばたばた死んだ。そして撥ねられた者もまた苦しみながら死んだ。僕はそれらの光景を見ながらふっと溜息をつくと諸行無常万物流転を唱えつつ虹へ向かって再び歩き出した。炎のように燃え盛る街が視野に広がりやがてその中に包まれる。暑い。ただただ暑く燃えてしまうのではないかと懸念しつつ歩を進める。人の命の輝きを焼きつくす灼熱。この街では人は燃え盛る火炎によって活力を得て猛烈な働きを見せたかと思うと燃え尽きてすぐ灰と化し死ぬ。これが江戸っ子だと納得しながら見物する。どこにも水は無い。こんな事ではこの街の滅亡も今日か明日か知れたものではない。無造作に地べたの灰を掴んで枯れ木に撒いた。きれいな花が咲き乱れ遠路はるばる来た甲斐が有った。喜び勇んでいたものの花は即座に燃え尽きた。こんな街に用は無い。すっくと立ち上がると次なる街へと歩きだす。虹よ虹よ何処よ。虹の彼方が見たい思いは高まり果てなくずずいと足を動かす。虹の彼方を超えるにはひとまず虹の麓へ辿り着かねばならぬ。しかれども何故かどうにかどうしても虹の麓に辿り着けず振り返れば早十余年の時が経っていた。その間歩きながら出会い結ばれ子を成し別れ今また一人道を往く。世界各地を股にかけあらゆる言語民族とまみえ戦い勝ち残りまだかまだかと虹へと向かうただそれだけの過ごし道。ついぞ現れざる虹の先やついに今この眼の前に七色の橋が見えてきた。これかこれだと一目散に駆け上がりはたと気付いて確かめる。石橋を叩いて渡る最上川。叩いて壊した七色橋。あっと言う間に崩れ落ち奈落へ暗転。すわ気付いたのは寝床の布団。胸の上には黒猫が居てなごなご擦り寄り顔を舐める。お腹が空いたかこの子はと、起き上がり、カリカリまんまを食器に入れて水を用意しシャワーを浴びる。湯に打たれながら思い巡らす。ああぼんやりと覚えているよな、けれど霞に消えそうなこの、その、あの思いは何だったのだ。何やら冒険したような勇ましい気持ちの残滓が残り、けれど思い出す事叶わず、ただもう意識は明晰に世界の形相を捉え、不本意でつまらない現世に還元された。絶え間ない慟哭、永久の不安。あやふやな還俗。一切苦。そうして僕は、サラダを食べる。