てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

落日と不穏


丸くなった猫を膝に抱えて、僕は君が死んでいくのを見守っている、楽しい、夢見る、なでらかな朝
口に含んだ砂糖水をわずかづつ飲み込んでいくと、微睡みの中笑う月が浮かぶ
まだら状の穏やかな染みがふわふわと舞って降りる
木造の小部屋に

泣く間くらい与えてくれてもいいんじゃないかと懇願しても、狩人は決して許してくれない
奈落の底から伸びてくる手を踏みつけると綿帽子が頭をふにふにと揉む
ああ、かくの如き袈裟は焼却されなければならなかったであろうに

古井戸の、見張りの口火をもみ消すと、彼は立ち上がり影を残す。歩いた分だけ影は引き摺られる。
樅の木の裏に笑う口一つ、それは彼女だ、家鴨の化身、繰り抜かれた蝋人形。
木馬のように回転し、ゆらぎ、揺らめき、目黒の火災は飛び火し抜け駆けする。
昔佇んだ、昔驚いた、昔、昔の喜びと苦しみ、それが隠れ蓑だった。

感覚に頼る叢雲の剣を折ると、日は沈み、夜は窄み、枕の首は締め付けられる。
矯正、適正、真横になったぬかるみ。
狂おしく節くれる木々は子猫になだめかける。
ああ、絶えずぬかるむ。絶えず凍りつく。無垢に。

懇願、混乱、こくりと頷く。まるまられた不可思議な仮面と血族が朗々と雄叫ぶと、現れたのは龍と苦しみ。
苦しみは絶えず、悲しみを威圧する者によってそれは増される。六に。
え、え、林檎、巻かれる抗鬱剤に減圧を課され、閉じていく自らを破く。もう見えない。けれど見える。心の中だけには。

みちがえるように明るくなった世界で、僕は自転車に乗って、死んだ本の店を訪ね歩く。死んだ本を生かす為に、本の魂を自らの魂に取り込むために。
バロック音楽が聴こえる。さまよえる侍の瀟洒な着物の斬り口。ますらおに、村雨に。
不格好に思える金色の衣装、みっともない誇示を恥じながら、跳ねつけることもできず人前に晒される運命を受け入れる。

もう、きっと、この、闇は、永遠 (絶対)

無くなる前の庭園に招いたことがあったあの人を思い出す。骸だけになったあの人が、動いていたあの頃。魂は何処にあったのだろう。あの手、あの口元の動き、柔和な物腰、それがそうだったのだろうか。
今夜も寒い。耳の鼓動が激しく鳴っている。

苦しみが増す。眠気に苛まれ、鼓動に苛まれ、行くよ。魂は行くよ。

ライオンのように逞しく、大熊のように雄々しく、僕は眠る。腐った魂を生かすために、生きた部分以外を捨て去る作業を繰り返す。延々と。
醜い存在、はしたない存在、みじめでみっともない、生きる価値も無い泥人形。
丸くなる、苦しくなる、動悸が耳の中で大きな音を立て続ける。
助けられたいのか、助かりたいのか、早く死を迎えたいのか、抜け出したいのか、わからない。
ただ、ひたすらこの苦しみを苦しんでいたいのかもしれない。

泣き声が、凍えるよ
笑い声が、苦しいよ

ポケットの中に手を入れて、温かみを逃さないようにするんだ、そうすれば少しは死から遠ざかれる気がするから。
でもそれが本当なのかどうか、僕にはわからない。死は、死だ。

木製の棺桶に入れて焼かれたい。死んでからがいい。そうでないと、僕は生きていられなくなってしまうだろう。
死んでから焼かれるのなら、僕は生きていられる気がする、魂だけでも。それがそうだなんて誰も思わなかったとしても。

鳥が高い、水に浸かって慰められたい。

あくる朝、めくられた文鎮の端から入って抜け出てみる事を試みた。無謀だったよ。でもそれが僕には必要な事だったし、それがもし出来てさえしまっていれば、僕が僕でいられる理由がみつかる気がして、試さざるを得ない気がして、それで試みてしまったんだ。ひどく叱られた。ひどく殴られ、蹴られ、脅されたけれど、心底震え上がってしまっても、僕は許される事無く、脅された事よりずっとひどい状態を受け入れざるを得ない領域で苦しませられる運命を絶対的なものとしてしまったんだ。残念な事にね。

だから死にたいんだ
だから死んで楽になりたい
死ぬことは生きる事よりずっと安楽だ
そんな真実を歪め、貶め、それを防ごうとする気違いが、生きている事を是とし死を遠ざける事を信仰する狂った人間達だ。彼らこそが死ぬべきで、死を安楽に受け入れていられる人々こそが繁栄を謳歌すべきなのに。

水は向こうに、隠れ家の向こうに。

扇情的な香水をつけた女が死ぬと、清々しい気持ちになる。嫌な匂いが消える事は嬉しい事だよ。
目論見の中に隙間風が吹く時、計略の不完全性が見え隠れする。まるで燃え盛る火災の中でただ一筋の脱出路が閃光のように導いてくれるかのように僕を誘う。ふわふわと浮き立つ足取りでそこにたどり着いてしまっていると、ふと、自分が自分でなくなっていた事を感じる。それは自分に依っていない行為であり、ただそれは、自分の在り様の無意識性が意識性よりも上位の価値を持っている事がある事を自身に認識させてくれる事だったりもする。それが何に依ってであろうとも、もはやそれはどうでもいいことなのだ。既に自分は助かってしまっているし、それが何に依るものであろうとも、そのこと自体はもう、どうしようもなく決定された事項なのだから。

椋鳥が嚆矢でアブストラクト。楽になりたい、楽らメイトリクス。自分が犬で無い事を証明する事が出来るような気がしなくもない、そんな猫であるけれど、鳴いても、鳴いても、飼い主の不十分さが満たされない不満で、お腹が空いて喉が乾いて、だから苦しみを苦しませないためにお腹をいっぱいにしたいんだ。向こう見ずな踝。ろくに食べもしないやせ我慢の痩せっぽち飼い主め。
凍りついた椋鳥は、飛び跳ねながらろくろを巻きました。シュークリームを食べて、満足気に死にました。

あくびをしたら眠気が増した。困窮する自分とそれをありのまま困窮させておきたい自分。苦しみよ、苦しめ。さすらい人にさすらいを与え続けたまえ。
落馬した瞬間から失明した烏に泣いている子供の夢を映り込ませて質流れ、ああ、もう、導きを期待する声など枯れてしまった。
ゆきゆき道は果てしなく、ゆきゆき道は戻り来る、殺さば殺せ、死なば死なせ、と、もんどりうって火の中へ旅を続けるご両人。誰と誰やら、わかりはしない。

足を切断してしまいましたが、歩かない限りに於いてはさほど不自由では無く、いざ冬山で遭難し、仲間が餓死しそうになったその時に、先に死んだ自分の体を食い扶持として提供してやれる分量が少なくなってしまった事に申し訳なさを感じる事しきりである事を除いて、さして良心が咎めるでも無い。ただ、苦しい。ただ、痛い。そしてその先にあるであろう、死に、憧れを抱き続けるのが自分にもたらされる最大の酬い。
車座になっておしゃべりなさい。車屋になってお運びなさい。さあ、立って、歩いて、走ってごらん。足が無くてもそれはできようぞ。無理から、無理でも、私に言われたからには、きっと出来ようぞ。

まっすぐに立った崖から、僕は歩く。みすぼらしい老人と、赤子を抱いた母親に、百万もの狼藉者が拳を振り上げ叩きつけようと、僕は歩く。虫の声に怯えながら、それでも歩く。

めくらが言ったんだ、こんなことじゃすえた匂いが止みはしません、と。さもありなんと思いつつも、猫に羊に山羊豚海豚、とって食わねば生きてはゆけぬ。だからこそ、だから、だってこそ、すり身にすって手を焼いて、食らわば食らえと思うじゃないか。ええ、さあ、それはそうでございましょう。ござんせんとは申しません。ただ……、無垢な小鳥の事ゆえ、許したも、許したも
されど僕は小鳥を許さず、地の底深くどこまでもどこまでも永遠と落とし続ける運命をやはり課すべきであると定めた。苦しみよ、苦しむべき分だけ、苦しめよ。

回転魚雷に飛び乗って、まとわりついて繰り抜いて、さも楽しげに死んでいく、そんな薪割りを流し返しぶちまける事によって、心臓が玉溪の玉籠にどよめき返されるのだ。
不憫、されど不憫。むこうみずな賄いで、蒸し返される膝関節を外されたまま治す事を禁じられた苦しみ、そのまま正座し僅かたりとも蠢く事をも禁じられたこの苦しみ、死は安楽と夢見る気持ち、望み未だ叶わず。

人魚に、ぬめりけを与えよう。魚に、ぬめりけを与えよう。牛からは取り去ってしまえばいい。それで少なくとも最小の苛まれ方は回避できる筈だ。だからこそ部屋に水を満たし、ぬるま湯にしなければならない。それによって扉を圧力で開かないようにする事ができるし、その圧力で窓を割ってしまう事だって出来るかもしれない。割れない窓を設置する義務を与えよう。隙間の無い部屋である事を測る事も出来よう。それがこの国の第一の法律とする。

武者修業。人間によって人間が人間たりえない存在とされるのならば、人間未満の存在を人間並みに扱ってあげてしまう事は、むしろ、不当な結果を与えてしまう罪では無いだろうか。人間には人間並みの待遇を、人間未満には人間未満の待遇を与えるべきである。そして人間以上の存在には人間以上の待遇を付与し、敬うべきである。これを第二の法律とする。

幽世は現世であるという法則に基づき、禍々しき神々は人であるものとして認定する。人間の事を神と呼称するのであるからして、神を人間と呼称する事に問題は無い。
向こう見ずな神を罰する事をも厭わぬ事とする。されど人は神にあらず、しかして人は神である。

五人を聖なる戦士として培う。これで世界は安楽だ。安楽な死だ、安楽だ。
研究対象は人間並の価値がある事が条件。これを満たすものは世界に五万といるはずだ。そんな希望的観測を打ち砕く現実。世界。絶望。
なんと人間には、人間並みの価値なんて、なかったんだ。狂おしき静寂。七つの海を越え叫ばれる激昂。
月夜の夕闇はなだらかな朝焼け。
百億万もの星屑は、人の魂に寄り添う。眠れ、眠れ、苦しみ、眠れ。

プログレは好きだよ、I LOVE YOU ラブソングだよ I LOVE YOU 。プログレはラブソングなんだ。でも愛なんて言葉が出てくる歌はプログレじゃない。だからラブソングはプログレじゃないんだ。そんな言葉が出てこないプログレだけが真のラブソングなんだ。

触れておいていいかい、惨めな有様さ。
投げかけていいかい、孤独な兄様さ。
むず痒く降り注ぐ陽光に穢されて、世界は汚染されている。そのエネルギーを受けてすくすくと育つあらゆる物全てに吐き気を覚える。だから死にたい。死んだらきっとみんなが僕を忘れてくれる。僕を気にしないでいてくれるようになれるんだ。そんなのって、素敵じゃないか。疎まれないでいてくれるなんて、なんて素敵な事だろう。
森は森に、海は海に。

混沌の渦は世界を纏う、目眩く稲妻がわななき駆け回りフオリを振り払う、村に幸を、貝殻に愛を、美丈夫に幸福なる無知を。
質実剛健な黒馬を駆り、地ならしをしていく。
そして纏わりを患い、勇気を奮い起こして絶対者に立ち向かう。屠れど、されどそれまで以上の絶対的因果律を身に染みて知らされてしまった後、彼らはその因果律を司れる者を探し求める。そこで求められる存在こそが絶対者であったのに。

蜜柑が落ちて、群がる虫たち。やがて彼らも死に絶えるのだ。安らかな幸福を迎えるのだ。