てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

砕けてよ、君の心



 僕のうちには卵があって、それが僕のぬかるみを淀んだ泡沫の淡い琥珀に目くじらたててよりそった。
「ねえ、もう、いいですよう、って言ってごらんよう」
 そう言って、僕の姉さんとその友達のあの人が、おいでおいでして笑ってる。僕はまだそこに辿りつけない暗闇の中にいたから
「少しだけ待って、あとほんのちょっとだけでいいから」
 と言ったのだけれど、二人には聞こえなかったんだろうな、僕を待ってはくれないで、どんどん先に進んでしまった。

 檻に入れられていた僕は、その時、気づいた。禍々しい驚きを伴った無数の蝿が、僕達の行く手へと群がっていくのを。僕はその時、気づいてしまった。もう二人が、帰ってこない事を。
 金色に光る大幣に祓われて、それらは静まったけれども、僕の両目には暗く深い凍える魂が宿ってしまい、それ以来、すべての光はろ過されたように紗がかかって、二度とあの真白い世界に戻る事はできなくなった。僕は十一歳だった。

 秋分節、僕の妹の記念すべき日がやってきた。妹はおどけた顔をして僕を楽しませる。おいでおいでして飴をあげると殊更喜んで、辺り一面、山吹色の楽園にしてしまった。まったく大した妹だ、こんな芸当、僕にだって出来やしないもの。嬉しくて楽しくて、僕はあの日の事を、忘れていた。

 十一月のある日、僕の中のこだまが無数に増殖し、こむら返りして慄き喚いた。ああ、ついにこの日が来てしまったのだな、そう痛感しながら、僕の両手に五色のお手玉が握られていることに気付いた。まるでおはぎみたいだな、なんて思いながら、きなこ色のお手玉から順繰りに宙へと送り出すと、その都度僕は呟いた。
「ひとつ、陽だまり、緋色に輝き、ふたつ、故郷、ふさふさ兎、みいっつ、皆々、三つ指付いて、よおっつ、よすがに、四つ角囃子、いつうつ、いつもの、陰惨無残、陰惨無残で極楽地獄、地獄に仏の御心賜り、苦しみ悲しみお釈迦にしてけろ、三杯(参拝)仰いで、篝火焚いて、五行(御業)滅して、むくーろー(骸)がー、えー(返)、りぃ…」
 節付き、歌いて、だんだん囃子、僕らの運命急転直下、死んだら生まれて苦しみ晴れて、僕の姉さん、お供の姉さん、妹還りて、姉戻る。ほうやれほ、やれめでたや、やれ悲しや、虚ろが真、真が朧、晴れて曇って鏡面世界。僕の世界はぐらりと裏返って、逆さまになった家も仏も、生まれたばかりの赤子になって、転んで廃れて緑になって、そうして僕らは生まれてこれた。

 さる十二月、す抜けた小倉の王寺によって、縦のふすまは御仏念仏、あれよあれよと金柑並木。回って砕けて刺身になって、村は纏い、街はほつれ、瓦解した現世は健やかに滅んでゆくことが出来た。これもまた奇蹟の一つであり、それはまた僕の個人的な救いでもあった。世は全て事もなし。

おわり