てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

指先の痺れの果ての悦楽


 第一章

 雪の中に横たわる人を発見した時、僕は何を思い出したのかというと、それはただもう死んでいるに違いないということであって、それは同時にそこにいるのがもう生きている存在などではなくて、「死体」なのだろうということであって、それはつまり「物体」ではあっても、生命だなんてことはまるで感じ取れない状況であって、それはつまり、助けなければとか、いたわってあげなければとかいう発想なんてものじゃなくて、つまりはもう、どう「処置」「処理」「分別」しなければいけないのか、という発想につながる「モノ」でしかない、ということであって、そんな「物」が、まさか息を吹き返してそして未来に僕の妻として末永く傍らにいてくれるだなんてことは全く考えも及ばないというか、そういう「出会い」なんてものがこの世に存在するだろうという予測すらできるわけもないはずだったわけで。
 
 僕の名前は、柿の木栗太郎。東京生まれ東京育ち、下町のことしかわからない、上方のことなんか何も分からない、夢見る乙女のような少年だったこともある青年なのだけれども、そんなことは僕自身にとってはもはやどうでもよく、ただもう、眠る事と、起きていないことにしか関心のない、そんな人間であるというだけであって、だからもう、僕についてそれ以上特に何か言えることは無い感じなのであった。
 僕の周囲には、煌めくような人々が数多く存在していて、僕はその人達に助けられたり、羨んだり、はたまたなんとなくもたれかかったりして、そんなふうにして過ごしていた。ただ、過ごしていた。
 僕の風体と言えば、まあ、ありていに言ってうだつのあがらない、そんな格好の人でした。自分で言って情けない。けれどそれ以上のことを言うと嘘になるし、僕は嘘は嫌いだから、そんなふうにしか言えないのだ。時折、道をあるいているだけで、なんだか行き交う人が僕をヒソヒソと蔑んでいるように笑っている気がしていたたまれなくなり、無性に駈け出してしまっては、息を切らして這いつくばって、地べたに両手をついてしまうこともあったりして、そんな僕をみて、人はまたザワザワと何か言い交わしているんじゃないかという気がしてもう鼓動の高鳴りは止まず、ああもう早くこの人生に終わりが来て欲しいとさえ願い苛む事もしばしばであったりなんかしちゃったりして。
 そんな僕が、先週から雪山にスキーになんか来てしまっているのは、勿論自分の意向などではなく、たまたまそんなものに誘ってくれる人がいて、僕がそんな誘いを「行ってみてもいいかもしれないな、行かなくても自分にはさほど影響が無いし」などと思ってしまってついつい受け入れてしまうという、そんなあやふやな人格だから、まあついていってしまったのもしょうがないと思って貰えるとだいたいあっているんじゃないかななんて、そんな気がしてならなくて。だから僕は、全く他人の思うがままに、なすがまま、自分の人生の選択を自分の意識の外に依拠させてしまって生きてしまっているのだと、まあそういうことで。
 雪山は、綺麗でしたよ。白くて、輝いていて。そして見える木々。林なのか、森なのか、僕にはそんな区別もつかない程度のあやふやな感想しかなかったけれど、そんな木々のほうに行かないように、なるべく何も無いところに向かっていけば勝手に滑り降りてくれるんだよ自分の身体がなんて、そんな事を言われた気がする講座の後で僕は斜めになったりひっくり返ったりしながらどうにもこうにも降りるしかないそのスキーというものを味わって、そしてどうしようもなく転がって、やっとやっとふもとにたどり着いたと思ったらすぐリフトなぞと言う物に乗らなければならないとせっつかれ、そんなものに乗ってしまったが最後、またはじめっからやりなおし、どうにもこうにも、泣きたくてたまらない日々を過ごすことがそうやってはじまったりなんかしたりしました。
 雪山スキーの生活は、ただ僕が、僕を誘ってくれた人の好意を無にしたくないというためだけの生活であったため、僕は彼らに気兼ねして、自分の希望なぞついぞおくびにもださずに過ごしていたわけなんですが、そんな僕をみて、彼らは「もっと自分をもって」だの「しっかりして」だの「やるきをだして」だのといってくるのだけれども、そんなことをしようと僕が思ったならば、彼らになんぞついてくる訳がないじゃあないか、という前提のところは、彼らには一向にわかってもらえず、彼らは彼らと僕との関係性が存続し続けることが出来るかのような幻想を抱いたまま僕の進路を示唆してくれているつもりになっているわけで、だから僕は彼らのことはもうすっかり諦めてしまって、彼らのように「自分達が相手の意図せざることをしている上で初めて相手から尊重して貰えているのだ、という認識を持ち得ない人々には、そんな前提を期待するのは馬鹿馬鹿しいことだ」、ともう、すっかり捨てばちの投げやりな態度で、彼らから寄せられる見当はずれな期待に胸を苦しめつつ、また翌日に起こるであろう彼らからの的外れな期待という名の苦痛を味わわざるを得ないことへの予測にもとづいて、苦しみの眠りへと自らを没入させていくのであったりした。
 僕が彼女を見つけたのは、そんな日々の最中のことだったりしたのだった。
 
 
 第二章
 
 物質としてどうにかしなければならないと思った時、僕はまず警察への連絡が必要だと思った。そしてそれから、その後で、救急車を呼ばなくちゃいけなかったかもしれないな、なんて思ってしまったのだった。だから僕はまず110番し、人が雪の中で倒れている旨伝えてから警察の人に「息はありますか」などと言われて初めてそれが生きているのかもしれないななんて思ったわけで、そうしてその時初めて息と鼓動を確かめて、それがあったもんだからびっくりして、あわてて119番した訳なのだった。だってそうだろう、そんな、雪に埋もれていた人が生きてるなんて、こっちはもう全然頭に無いわけだから。うん。
 で、僕がなんでそんな発見をしてしまったのかと言うと、雪山の上からスキーで滑空する形になって、まあつまりは崖から転落したのだが、幸いな事にそこは雪が深く降り積もり、そこに埋もれる形で体重を受け止められる形になったという事なわけなのだ。だもんで、そんな辺鄙な所にやはり埋もれていた先客が、まさか生命ある存在だなんてことはまるで思わなかったということなのであるわけです。
 難しい形ですが、まあ簡単に言うと、そんなこんなで僕が救助隊を要請して、僕を助けてもらいたかった所でもあるので、救急車がきてくれたのはちょうど良かったです。残念ながら僕は担架で運ばれる側ではなく、みもしらぬその人に付きそう形になったという訳なんですが、でもまあなんていうかそういう不満は、救急隊員に言ったところでだめなんだよね、ちゃんと僕のことも救助してよって言いたい気持ちを率直に「僕も要救護者なのになんで付添人扱いされてるんですか?」って聞いたけど、何か冗談でも言われてるかのような素振りで「ははは」とか言われてたので、多分、意思の疎通が上手く行かなかったのだと思う。困ったことです。
 
 
 第三章
 
 そして僕はその存在と共に病院へ行き、やはり崖から転落した人としての正当な扱いを受ける事無く何故か付き添い人として扱われてしまって体中が痛いまま誰にも診察してもらえなくて(ここは病院なのに!)、そしてその人の診断結果などを聞いたりしたのだった。
 一体全体なんでそんなことになったのかは僕にはよくわからないのだけれども、僕の口先からスラスラと発見時の状況を説明する文言が流れでてくるなどという色々な経過の後に、僕はどういう訳だかその存在を毎日見舞いに行くという事になってしまったらしく、そしてそんな流れに逆らえないまま見舞っているうちに、彼女が意識を取り戻した時に初めて目にした人物として慕われたり、彼女に日本の言葉を教えてあげたり、人間として最低限必要な事柄を覚えて貰ったりする訓練を施してあげたりなどしてしまい、その結果僕はこうして彼女の夫ということになってしまった訳なのです。全ては状況に基づいていて、決して僕自身の望んだ事では無いのだけれど、なすがまま生きた結果、そういう事になったのだと思います。
 
 
 第四章
 
 妻は今では人間らしく生活できている気がします。まるで人間みたいに。だから僕も彼女の夫らしく振る舞えるようになっている気がするし、そんな自分を誇らしく思ったりもします。縁というのは不思議なものですね。僕はあの日あの時あの場所で彼女に逢えて本当に良かったと思っています。だって、僕も人間になれたような気がするんですから。こんなに素敵な事はないでしょう? あなたもきっと僕と同じ体験をしてみれば、きっと同じ気持ちになれると思いますよ。まるで人間になれたかのような、そんな気持ちに。
 
 
 終