てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

そうすれば僕だってきっと

 一生懸命生きているけれど、誰にも何も評価されなくて、いつもどうにもやるせなくて倒れこんで泣き叫んで力尽きるまで蠢いて、疲れて眠って、それでも目が覚めて、また代わり映えのしない愚かな毎日を送らなくてはならないって気がついた僕は、どうにも涙が止まらなくって、いつだって追憶の中に消える君の姿を瞼の裏に浮かべながら、ただ君との邂逅と、相まみえ仇を討ち勝利者となって自分自身を取り戻したいと渇望して自らの魂を損なうことなど気にも留めないでただひたすらに取り戻すための行為を、がむしゃらに、無我夢中に、とめどなく狂おしく掴もうとただ手を伸ばし続けて、そして、僕はずっとそんな僕な訳で、また疲れきって打ちひしがれて立ち上がることなど一歩もできなくって。
僕が生まれた訳が自分には分からないのは自分の中で何か認めることのできない何らかの「神世」がこの世界そのものであることだとは気づいているのだけれど、僕の手の中に、僕の運命は留まってなどいなくて零れ落ちて、砂がさらさらと消え去るのは僕の孤独な気持ちと希望と絶望と、世界の「理(ことわり)」にもとづいてしまっているのでそれはどうしようもないことで。
君の笑顔が見たいよ、そんな気持ちで僕は、あの日僕を打ちのめした君の笑顔を翳に求めて、打ち倒したいと願っている訳で。
誰にとっての平穏無事な人生なのかはわからないけれど、僕は君の命が欲しいよ? だから奪わせて欲しいんだ。捧げてくれたっていいんだから。だから命を奪わせて欲しいよ、本当に心の底から君の魂をこそげ落とせるなら僕はもうどんな卑屈な行為だって平気でしてみせる事ができる。そんなにまでして欲しい君の命だから、僕におくれよ。僕の歓心を買う事ができるのなら、そのくらい安いものだろう? だから、ねえ、早く、君の魂を僕におくれよ。
水の中に入っている魂を僕は見上げた。宙に浮いた膨大な水量が僕の魂に押し寄せる。押しつぶされた魂を食い破って中まで浸透してきた水量は、僕の魂を内部から外へと押し広げる。命の膨張、全てが一丸となる感覚。
自ら這い出た僕の鼓動を、世界は受け入れてくれたような気がして、ただ世界と同一化して、一体化した自分であるこの世界が、僕にとっての全てであって、それはそれ以外の事はどうでもよくなるような気がする感覚で、だから僕はもうそれきり、考えるのをやめた。
君の命を欲しがる僕に、どうして君は答えてくれないのか? どんなに執拗に求めても、食い下がっても、君は君の実存を主体として体現し続けてしまう。その生命を捧げて欲しいよ。僕に君の命をくれよ。それさえ手に入れられれば、僕は自分の魂を差し出したって構いやしないんだから。
人気のない遊歩道、歩く君、君の喉首を掻っ切って、血飛沫をあげて世界を赤く染め上げたい。僕は君の背後からそっと近づく。ひっそりと、決して気付かれない身こなしで、そっと三寸、触れる手前の君の喉首。刃を引いた手応えをしっかと感じて、見るとそこに君はいない。どうやって? いつの間に? なにゆえそこに君がいないのか、僕には決して分らない。わからないけれど、どうしたって君はいないんだ。いつも、いつもそうなんだ。叶えたい願い、届かない思い、僕の手をするりと躱して、君はいつだって自分の成すべき事を成してしまう。ずるいよ。そんな君が愛おしくて、手に入れたくって、どうしようもなくって。いつも僕は孤独に一人ただ憂いて、届かぬ思いを舐め擦るしか無いのだ。無謀な挑戦、天明の理。嗚呼、君は何故僕のために死んでくれないんだ……。こんなに悲しい事は無いよ。
僕の墓を掘って、掘って、掘ってくれたまえよ、そうして僕の陰惨な運命に止めを刺して無碍に肉塊を投げ入れてくれよ、そうすれば僕だってきっと極楽浄土へ行けるんだ、多分きっと行けるんだ、その切符が貰えるくらいの代価だと思うんだ僕はそれが。