てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

世界を壊す僕の果て

 僕達の世界を手放すことに異論のあるものは多かった。祖先が築きあげた砂上の楼閣全てを手放す事に納得出来ない者がいるのは当然だろうし、またその先を見たいと願う気持ちも解らなくはない。けれど僕達の世界そのものが病巣であり、全てをチャラにして一から何もかもをやり直さなければならないという世界の根本からの治療を目指す我らが世界の医師達の進言を、指導者たちは全て飲まざるをえない程に世界は病んでしまっていた。我らの世界は終末期となり、既に行き詰っていた。
 僕が僕の役割を知ったのはだいぶ前、僕の兄が夭逝し、姉が不具となり、両親は元からいなかったわけで僕が姉の面倒をみなければならなくなって、しばらく経った頃だった。その頃の僕は笑う事の意味すら忘れてしまい、ただひたすらに切なく辛い日々を送っていた。姉は美しい人だった。心根からの美しさを持ったその姉が、何故にあんな目に合わなければならなかったのか僕は今でも理解できない。疲れきった僕は姉を天に捧げ、自らの命で罪を贖った。そう、僕は世界を裏切ったのだ。
 世界を裏切った僕は世界を濾過する人柱として再生させられ、何度となく引導を渡す役を担わされてしまった。それが僕の運命だった。世界は呪詛たる運命により断裁された。
 

 希望を持って齎された新たな世界について、人々は侃々諤々、流麗なる言葉を弄んで議論をし尽くしたのだけれど、世界が人々の希望に沿うものであったとは到底言えない。世界は何度やり直されても終局を齎し、全ては意味を失っていった。ただ僕は何度でも、新たな世界を朽ち果てる事を運命づけられ、世界の破滅を目撃していった。蹲って泣いていた子供ごと世界を無に帰す作業のなんと遣る瀬無きかな、永劫の喪失という永劫を繰り返すうち、僕は次第に狂っていった。僕の精神は汚染され、人としての価値を失い、ただ役割にのみ殉ずる供物としての自分をただそう理解させられざるを得なかったわけである。こうして僕は単なる無機物としての価値を獲得し、人ならざる者として世界を破滅させ再生させる為暗躍するのだった。世界は今や再生される意味を失っていた。
 

 僕を打ち倒した彼が憎いか、と問われれば、それは否である。むしろ感謝している。自分が自分でなくなった後に、自らを取り戻す手助けをしてくれたようなものだ。ありがたいことだ。だから僕は魂そのものとなった後に彼をとり殺すようなことはしなかったし、僕の憎しみはそこに向かず、不合理それ自体の本質へとたどり着いた。人が生きている事自体に宿ってしまった宿命の汚染そのものを憎んだ。そしてそれを打ち倒した。だから世界は浄化され、合理的に解決された世界へと変貌する事ができた。僕が自ら打ち砕き再生してきた世界では不十分であり、僕の魂に基いて悪を打ち砕いた時にこそ正義の世界は実現されたのは、とても皮肉でありまた真なる事だったとも言える。僕の肉体は死んだ。けれども、僕の志はかなったとも言えるだろう。世界は光を取り戻したのだ。そんな世界を僕は許す。