てりり◎物語、梗概集

てりり◎物語、梗概集

筋、道理。重層世界の諸要素。ナラトロジー

僕の好きな映画

僕の好きな映画

 ブライアン・デ・パルマの映画をみるようになったのが何故だったのか思い出すのは難しいのだけれど、幼少期にヒッチコックの映画を祖母に見させられていた影響がとても大きかった気がする。「鳥」を執拗に何度も見せられ、人間が何をどうしようともどうにもならない絶対に手の届かないどうにもできない恐怖をいつまでもいつまでも思い知らされ続けて苛まれ、悪夢を見続ける日々を送ったりしているうちに、そんな不可解な気持ちをなんとか理解して超克しなければいけないという、呪いを克服しなければならないような、そんな狂おしい悲痛な努力をしつづける小学生として生きてしまって、頭痛と吐き気に精神が脅かされる人生へと雪崩落ちてしまったのだった。
 ヒッチコックの映画はそんな恐ろしいものばかりではなく、ちゃんとしたまっとうな紳士や、お飾りのような清楚な美人や、絵に書いたようなハスッパな美女やら、そんな人達が出てきたり出て来なかったりしているうちに猟奇的犯罪者に殺されたり殺されそこなったりするような、そんな類の映画も多くて、探偵的な推理と解決の力に優れた登場人物もいたりいなかったりして、そんなだから人が死んだり死にそうになったりする事も多くて、そんな内容に触れるたび僕は心臓が早鐘を打つようにドキドキし、まるでもう自分が殺されるんじゃないかと、そんなスリルとショックとサスペンスに身を捩らせてもんどり打って痙攣状態に陥るくらいには感情移入しながら観たりしていた。それもこれも、祖母がそういった類の映画を僕に見せたがったせいだ。「ほら、ヒッチコックが始まるわよ」。僕はヒッチコック劇場も毎回欠かさず観させられた。
 邪悪な祖母の手を逃れて伸び伸びと暮らせるようになったのは、何歳くらいからだったろう、少なくとも小学生の頃はただ怯え、脅かされ、ひどい目に遭わされ続けた記憶しかないから、中学以降なのだと思う。
 僕はやっと、ゆっくりと、翼を広げ、漫画の世界を駆け巡っていた。ファンタジー、SF、少女漫画と少年漫画を境を超越して行き来する一群の漫画家たちの作品群。ワクワクと胸躍る最高の悦楽世界に身を任せ、身悶えするような興奮やその他あらゆる楽しみによって、僕は救われた。
 そんな時、少女漫画誌「WINGS」に、手塚治虫の息子こと手塚眞のコラムが連載されていた。そこではブライアン・デ・パルマの映画が絶賛され、同時期に漫画ブリッコでみた三留まゆみのコラムでもブライアン・デ・パルマが絶賛されていた。僕はなんとなく見てみたいと思って、そしてデ・パルマの映画をみてしまったのだった。
 これだ!
 僕は貪るようにデ・パルマの映画をみた。一般的に知名度のある「キャリー」「アンタッチャブル」「ミッション・インポッシブル」あたりでは飽きたらず、カルト的人気の「ファントム・オブ・パラダイス」あたりやら、デ・パルマの趣味としか言い様がない変態性を加味した上でのヒッチコック影響下のサスペンス作品群、それからデ・パルマのとても頭の悪い一面である暴力性を追求した「スカーフェイス」なんかもみたりして、そういうしているうちにビデオやDVDになったデ・パルマ映画は全部みてしまって、日本国内では公開されたことの無い初期の実験的な作品を収録したフランスでしかでてないDVDなんかも個人輸入して観てみたりして、ある程度以上はデ・パルマの色んな面を受け入れられるようになったと思う。
 そんな僕がお勧めするのが、怠惰なムードの悪ぶったアホの退廃と脱出という趣と、ミッション・インポッシブルばりのサスペンス・アクション面、という裏表の顔を持つ、アル・パチーノ主演「カリートの道」。この終盤のエスカレーターを昇降しながらの銃撃戦がもうトリッキーな映像でたまらない! ほんとにこの人は、映像設計というか、そういう視覚面の仕掛けの上手い監督だなーと感服してしまう。
 あとカメラがぐるぐる回るラストシーンが大好物の「愛のメモリー」とか、気になる女性を助けようとして助けられないヒーローのなりそこないの哀しさを痛切に味わえる「ミッドナイトクロス」とか、
 覗き魔でストーカーな変質者の主人公がヒーロー然として女性を救おうとする画期的な変態映画「ボディダブル」とか、そういうのも好きです。あと色々全部好きです。
 そんなわけで、僕はデ・パルマの映画が大好きなんだけど、ヒッチコックデ・パルマからの影響を自負して止まなかった水野晴郎さんの「シベリア超特急」シリーズをみた時は、密かな殺意を持ってしまったことはここだけの秘密です。でももう忘れた!そんな事は忘れるに限る!犬に噛まれたと思って!
 そんなわけで、ありがとうヒッチコック、ありがとうデ・パルマ。ありがとう、ありがとう。また気が向いたらDVDみるよ。デ・パルマは生きてるうちにあと何作か撮ってね。よろしくね。サスペンスでよろしく!よろしく!!
 
 終

懊悩

 どうしたらいいんだろう、誰も僕のことを理解してくれる事なんて無いし、とても憂鬱。その闇色の虹は響きあう鐘の音のようにカランコロン調和して僕の心を侵蝕する。不可侵の城壁はいとも容易く壊れてしまって、僕の中の暗黒は外に伝播する。僕を許してくれる人について、僕は許せることも無く、ただもう死にたい。死んで楽になりたい。

 人の輪の中で僕はぐるぐると回る。誰かが話している声が聞こえる。何を言っているのかうまく聞き取れない。ただ誰かが話していて、僕はその声を外側の世界から聞いているようにただただその音の周波数が微弱な振動となって肌に伝わる刺激を、声であるのだろうな、というくらいのゆるい気持ちで受け取っている。その刺激はただそれだけの事で、声という音になにか意味なんてあったかな、などという事を思うくらいで、ただそれだけが全てで、沈静化して、落ち着いて、終わってゆく。人の気配は消えて、僕はまた孤独に苛まれる。

 辛い目の前の出来事を乗り越える力が僕には無い。人の悲しみを見過ごして、なんの力にもなれず、ただやり過ごして、みすぼらしく踏みにじられて死にたい。
 
 僕は確か今日、回復していく為の行為を何かしていかなくてはならなかった気がする。そんな予定だったような、そんな気がして、だから朝から起きて目が覚めたこの瞬間に布団から起き上がらないといけない気がして、それでシャワーやらなんやらめんどくさい色々をこなしたような気がするのだけれど、はて自分は一体何をするんだったかな、と思い出せなくて、そんな気分から、また眠ってしまった。
 後で誰かからどんな不平不満をぶつけられるかわからない予測不能な恐ろしさに身を包まれて、悪夢に苛まれ、寝汗と疲労が著しく、眠るという行為の苦痛をひたすらに味わいそれに耐えるだけの拷問のような時間を過ごした。気がつくとそのあまりの苦痛から、気絶するように二度寝してしまった。本当の眠りがやっと訪れたのだと思う。
 
 ひどく雨に打たれたような、シャワーの水圧で身が砕け散るような気がして、僕は怯え、竦み、風呂桶の中で溺死しようとする。苦しくて息が吸いたくなって、うまく死ねなかった。また苦痛が続いてしまうのか。いっそ一思いに死ねたらいいのに。死ねてしまえればきっと嬉しいのに、死ぬのはなんて苦しいんだろう。僕は死への渇望と、その夢を手に入れる困難さと戦う努力、勇気、希望を新たにこの胸に誓い、また深い眠りへと落ちていく。

花は咲くだろう

 少年がさまよって力を手に入れて破壊活動に従事した挙句、幼い日に大切に思っていた子を手にかけてしまい、自分自身に絶望し嗚咽を漏らしながら滝から身を投げる。そういう事ってあるよね。僕の知っている人の中にも、そういう種類の人間の屑が幾人もいて、彼らは総じてゴミ虫のような人生を送っている。彼らには人間として生きる上で最低限必要な要素が全然全く無いので、人間としては生きられない。欠落したカタワ。実は僕もそう。人間並の価値の無い、ゴミ虫以下のクソ虫なんだ。そんな僕は流動食を胃に送り込まれている祖父と一緒に暮らして、看護師さんに祖父の痰を取ってもらう作業をいつまでもいつまでも飽きること無く眺めていたりするのだけれど、そんな僕にだってほんのかすかな人間らしさくらいあるさ。祖父の喉を詰まらせて、早く楽にしてあげる事とかね。それができたら苦労しないんだけど、残念ながらこの病院の職員は、僕が祖父を清らかで安らかな天国へ送ってあげようとすることを否応無く阻害してくる。忌々しい毒虫どもだ。僕は憤慨し、彼らに処罰を与える。命を奪ってあげたっていいんだけれども、蹴りを入れて急所を潰したり、不意に攻撃して怯んだ所を谷底へ突き落としたり、色々とできることはあるはずなのに何故かできなかったりして、でもそれはある程度限られていることだから、対したことじゃない。その気になればいつだって刃物で刺し殺せるものね。だから僕は安心して、彼らの家族を先に始末しに行くんだ。妻子。特に弱い立場の人間を排除してやる事で、やつらは己の無力さを知るのだ。落伍者へと転落した自分の運命を呪わせてやろう。その運命を与えてやるのは、僕だ。
 僕の手の中で戦慄く小虫がジタバタと鬱陶しいので首を切り血抜きして切り刻んで壷に入れて味噌に漬けた。いつかきっと花は咲くだろう。

王の墓

 王の城にたどり着いた僕達一行は、姫を妃に貰い受ける旨王に宣告し、籠に乗せて走り去った。泣き叫び飛び降りようとする姫を引き留め、連れ去った。僕は姫を妃とし、僕を初代皇帝とする帝国を築いた。
 幾年か後、姫を連れてあの城に戻ってみた。朽ち果てた城。一人娘を奪われ、諸列強と渡り合う力も無く朽ちた王国の残骸。泣きたいだけ泣かせてやり、姫を解き放つ。姫は走りだす。ゆっくりとついていくとそこには王の墓。喉首を突き、事切れた姫の血に染まる王の墓。これが見たかったのだ。なんともほろ苦い甘さ。苦くも甘美なとろける光景よ。この光景をみるために、僕は苦労を重ねてきたのだ。今やっと果実は熟し、僕の喉を潤す。この報酬の甘さの為なら、どれだけの悪逆非道を費やしても惜しくない。いやむしろ、これからこそよりその為に力を注ぐ事を厭わなくなるだろう。
 僕はこれからも各地を平定し、帝国は栄え続ける。僕の命の尽きるまで。

まったく嫌んなっちゃうな

 ああ、まったく嫌んなっちゃうな、誰彼問わずどうにでもなれと思っちゃうよなこんな日に、なんで僕は徒党を組んでたむろしているのか、こんな日差しの中を。僕の頭の中に仕掛けられた時限爆弾を破裂させてメタモルフォーゼさせたいんだ、君に送るために木っ端微塵にして。そんな訳で僕は君に届ける。君が嫌がったって送りつけてやる。君の嫌がる甘いチョコレートを。
 僕は彼らから強制的に(暴力で)それを諦めさせられ、君との距離を計らせられた。いつまでも止まない雨に打たれながらボロボロ泣き続けて笑った。人間並の価値ってやつが僕には無いらしい。人としての価値の無い人間だからといって、人である事に違いは無いだろうに。けれど僕はそこで穴を開けられた。穿たれたんだ。微笑み返す君をみつめながら死にたかった。死ねないのならいっそ永久に意識を閉ざされたかった。だけどそんな夢みたいな希望を奴等は叶えてくれるはずも無く、僕はただ虫けらの死骸のようにそこに放り出された。痛みは激しく、ただもう絶望したくて、でもできなくって、意識は閉ざされず、もう僕には僕をどうすることもできなかった。
 僕が目にしたメタモルフォシスはそこに現れた。彼方から来たりて七色に輝き、ふわりと浮くように着地するとそこにまろやかな滑らかさを醸し出し、つつうらうらの日々にゲシュタルトを崩壊させ、僕の吐息は蠱惑につつまれた。僕はそこにもう死んでもいい心地よさを見出し、ある意味あてつけのようなさじ加減でもって、最後の言葉を唱えた。その言葉に包まれて、世界は三千世界へと飛翔した後、恒星級の爆発を持って散り散りに砕け散った。
 みんな死んでしまえばいいのに

新しい空間

 目に見えている青色の空が裂けて紅色の空間が入り込んできた。紅色の空間からは見たこともない異様な存在が湧いて出て、僕達を食べだした。僕達は皆で一斉に彼らを倒し始めたのだけれど、倒しても倒しても彼らは紅色の空間から生まれ出て、一人また一人と僕達を食べ尽くしていった。ある時僕達は食い尽くされてしまった。そして彼らの世界が僕達の世界を染め上げた。
 僕は彼らに食べ尽くされた後、自分の自意識に気付いた。僕は僕の意識をこの世界に残している。僕の気持ちは僕が存在しなくなった後にも残るのだと、初めて知った。僕は生きていた頃、死んだらそこで終りなのだと思っていたけれど、僕は今ここにこうして意識を残している。魂だけの存在になった、と言うべきだろうか。僕は僕のまま僕となり、けれど元の僕では無い。そんな僕だけれど、僕はこうしてここにいる。僕以外の人達も死んだ後にこうして自分の意識を残しているのだろうか?わからない。僕にわかるのは現世の世界の物理的現実だけ。他の人が死んだ後に僕と同じように意識を残しているのかどうか、僕にはわからない。皆僕と同じように一人きりで存在しているのかもしれないけれど、僕には彼らの事は感知できない。僕はずっと一人きり。僕は僕のまま、僕達の世界だったこの新しい空間を見続ける事しかできない。僕は新しい空間によって染め上げられていく世界を見守り続けた。
 新しい空間に於いて彼らがした事というのは特に無い。ただ、僕達を食べ尽くした後、僕達同様食らい尽くされたあらゆる生物達、動物も植物も、そしてそれ以外のあらゆる物質、つまり生物以外の全ての物質も彼らは喰らい尽くし、世界を混沌とした紅色の状態にし続けていく事だけを彼らはただ続けた。あらゆる状態・あらゆる状況・あらゆる在り方が紅色に染まっていく。そして世界は消滅していった。
 地球が食らい尽くされると、星のあったあたりの「何もない空間」も食らわれていった。僕達人類が「無」だと思っていた状態には実は「無」という存在があって、彼らはその無さえも食っていったのだ。物事の根底からを覆し、紅色に染め上げていく彼ら。僕らはそれをただ認めることしかできない。
 宇宙の全てが紅色になって、侵食されきったこの世界は、紅色が飽和し、また異なる次元の世界へと新たなる侵食を開始しようとしていた。僕にはそれを止める事すらできず、ただ紅色が広がっていくのだなと思いつつ、そしてそのまま僕の認知できる領域の外へ広がっていった紅の海の中でただもう死と同義の永遠の紅色に浸ったまま、永劫の時を過ごすのだった。

世界を壊す僕の果て

 僕達の世界を手放すことに異論のあるものは多かった。祖先が築きあげた砂上の楼閣全てを手放す事に納得出来ない者がいるのは当然だろうし、またその先を見たいと願う気持ちも解らなくはない。けれど僕達の世界そのものが病巣であり、全てをチャラにして一から何もかもをやり直さなければならないという世界の根本からの治療を目指す我らが世界の医師達の進言を、指導者たちは全て飲まざるをえない程に世界は病んでしまっていた。我らの世界は終末期となり、既に行き詰っていた。
 僕が僕の役割を知ったのはだいぶ前、僕の兄が夭逝し、姉が不具となり、両親は元からいなかったわけで僕が姉の面倒をみなければならなくなって、しばらく経った頃だった。その頃の僕は笑う事の意味すら忘れてしまい、ただひたすらに切なく辛い日々を送っていた。姉は美しい人だった。心根からの美しさを持ったその姉が、何故にあんな目に合わなければならなかったのか僕は今でも理解できない。疲れきった僕は姉を天に捧げ、自らの命で罪を贖った。そう、僕は世界を裏切ったのだ。
 世界を裏切った僕は世界を濾過する人柱として再生させられ、何度となく引導を渡す役を担わされてしまった。それが僕の運命だった。世界は呪詛たる運命により断裁された。
 

 希望を持って齎された新たな世界について、人々は侃々諤々、流麗なる言葉を弄んで議論をし尽くしたのだけれど、世界が人々の希望に沿うものであったとは到底言えない。世界は何度やり直されても終局を齎し、全ては意味を失っていった。ただ僕は何度でも、新たな世界を朽ち果てる事を運命づけられ、世界の破滅を目撃していった。蹲って泣いていた子供ごと世界を無に帰す作業のなんと遣る瀬無きかな、永劫の喪失という永劫を繰り返すうち、僕は次第に狂っていった。僕の精神は汚染され、人としての価値を失い、ただ役割にのみ殉ずる供物としての自分をただそう理解させられざるを得なかったわけである。こうして僕は単なる無機物としての価値を獲得し、人ならざる者として世界を破滅させ再生させる為暗躍するのだった。世界は今や再生される意味を失っていた。
 

 僕を打ち倒した彼が憎いか、と問われれば、それは否である。むしろ感謝している。自分が自分でなくなった後に、自らを取り戻す手助けをしてくれたようなものだ。ありがたいことだ。だから僕は魂そのものとなった後に彼をとり殺すようなことはしなかったし、僕の憎しみはそこに向かず、不合理それ自体の本質へとたどり着いた。人が生きている事自体に宿ってしまった宿命の汚染そのものを憎んだ。そしてそれを打ち倒した。だから世界は浄化され、合理的に解決された世界へと変貌する事ができた。僕が自ら打ち砕き再生してきた世界では不十分であり、僕の魂に基いて悪を打ち砕いた時にこそ正義の世界は実現されたのは、とても皮肉でありまた真なる事だったとも言える。僕の肉体は死んだ。けれども、僕の志はかなったとも言えるだろう。世界は光を取り戻したのだ。そんな世界を僕は許す。